西日本鉄道北九州本線跡(熊西~皇后崎)【(仮称)皇后崎橋梁】

調査実施日:2010/05/06

西日本鉄道北九州本線跡(熊西~皇后崎)【(仮称)皇后崎橋梁】
西日本鉄道北九州本線跡(熊西~皇后崎)【(仮称)皇后崎橋梁】

数年前に調査した案件を未だに当ブログ及び GNR においても未執筆及び未公開のものがてんこ盛り状態の中で、今回紹介する案件は本記事執筆の前週という未だかつてないスピード感溢れるものです。この勢いで GNR を執筆できれば。。。

何故にそうなったかと言うと、私が勝手に本邦初公開のものではないかと考えているからです。タイトルにある通り、西日本鉄道北九州本線の廃線跡を GNR – 第三次筑豊・北九州計画(調査前の計画用、現在調査後の整理中)と銘打って廃線跡や多くの鉄道構造物などの現地調査を行った中で事前情報無しに発見したものです。ただし、私が知らなかっただけかも知れないので早めに紹介することで何か情報を得られればと思っています。

場所は上の地図(画像クリックで地図サイトを別窓表示)に示した通りですが、鹿児島本線の黒崎~折尾間の南側にあったいわゆる西鉄北九州線の路盤跡の北側に流れる小さな水路に架かっている橋梁です。北九州線が現役の頃は鹿児島本線との間にあり調査不可能であり、樹木に覆われて気がつかれることもなかったようです。

何を以てそんなに取り立てているかは以下の写真をご覧下さい。写真は東側から西を向いて撮影しています。橋梁自体はほぼ南北に架かっています。

西日本鉄道北九州本線跡(熊西~皇后崎)【(仮称)皇后崎橋梁】東側全景

お気づきでしょうか。ねじりまんぽの煉瓦アーチ橋です。この西鉄北九州線では終端駅の一つであった折尾駅付近にも有名なねじりまんぽの煉瓦アーチ橋として『折尾高架橋』が有名で、現在進められている折尾駅周辺の再開発後も残されるようです。ところが、この小さなねじりまんぽは今まで Web や書籍でお目にかかったことがありません。橋梁としての正式名称が不明であるため、ここでは(仮称)皇后崎橋梁としておきます。

アーチ内壁部分の拡大です。よく見ると手前半分の目地にはモルタル等の目地材が見えますが、奥半分には目地材があまり無いように見えます。後年の改修なのかはたまた単に西陽の強い奥半分だけ劣化してしまったのかは不明です。

西日本鉄道北九州本線跡(熊西~皇后崎)【(仮称)皇后崎橋梁】アーチ部詳細

反対側つまり西側から見た全景です。一部削り取られたり亀裂が生じたりしていますが、比較的程度は良い状態と言えます。

西日本鉄道北九州本線跡(熊西~皇后崎)【(仮称)皇后崎橋梁】西側全景

ちなみに、このアーチ橋の方向に沿って北側を見ると以下のような光景となります。目の前を JR 九州鹿児島本線が左右に走っており目の前の草むら以上進むことは出来ません。

西日本鉄道北九州本線跡(熊西~皇后崎)【(仮称)皇后崎橋梁】北側を望む

同様に北側を見ると、ちょうどクレーン(UNIC)の付いたトラックのあたりをそのトラックの向きに西鉄北九州線が走っていたため、これまた通りぬけ不可です。

西日本鉄道北九州本線跡(熊西~皇后崎)【(仮称)皇后崎橋梁】南側を望む

ということで、このねじりまんぽの煉瓦アーチ橋は不思議な位置に不思議な方向に架かっており、一体何のための橋梁だったのかが不明です。そこでほんの少しばかり考察してみます。

■ 道路橋説

手持ちの明治 33 年版の旧版地形図ではちょうどこの煉瓦アーチ橋の位置に里道のようなものが描かれており現在の鹿児島本線(八代及と描かれている)を横切って(くぐって ?)います。ちなみに、西鉄北九州本線は大正 3 年に全線開通したため、この地図にはまだ登場していません。また、現在存在する煉瓦アーチ橋の下の細い水路も存在していないように見受けられます。

西日本鉄道北九州本線跡(熊西~皇后崎)【(仮称)皇后崎橋梁】旧版地形図(明治 33 年発行)

従って、この煉瓦アーチ橋は西鉄の線路建設と共に掘られたかも知れない水路を、以前よりあった道路が跨ぐように架けられたと考えられます。ただ、現在の鹿児島本線との立体交差がどうなっていたのかが謎です。さらには自動車がほとんど走っていなかった時代にこのような細い幅の道路にわざわざねじりまんぽまで適用して煉瓦アーチ橋を架ける必要があったかも疑問です。

今回の現地調査では鹿児島本線の北側にまで回り込んでの確認は行っていません。ただ、恐らくは大きな道路が隣接しているため、痕跡は残っていない可能性が高いと思われます。

■ 運炭線橋梁説

おっちー様より情報を頂きましたが、かつて黒崎~上津役まで詳細不明ながら運炭線が存在していたそうです。この煉瓦アーチ橋はその線路を通すためのものだったのではないかという説です。国土変遷アーカイブの昭和 23 年撮影の航空写真では何やら怪しいカーブが描かれています(矢印付近)。また、件の煉瓦アーチ橋のあたりは白っぽく写っています。

西日本鉄道北九州本線跡(熊西~皇后崎)【(仮称)皇后崎橋梁】旧版地形図(昭和 23 年撮影)

ただ、これも現在の鹿児島本線を横切っていたのか、またそもそもその運炭線と関係するのか明確な情報は得られていません。

なお、どういうわけかさらに鮮明な航空写真を以下の URL で見ることが可能です。

http://www.team-f.jp/rekishi/rekishi_03.html

いずれにせよ正体不明のこの煉瓦アーチ橋はその来歴が非常に気になると同時にこれまで存在すら気が付かれなかったものとして貴重な存在だと思います。今後も調査を進めていきますが、何か情報をお持ちの方はご教示頂けると幸いです。

今後調査が進展していけば、いずれ GNR にて調査報告書として公開する予定です。と言っても当記事でほとんどネタが出尽くしてしまった形になる、かも知れません。

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